メタボなお食事レポ。飲食店や集合施設で提供される「ラーメン」「つけ麺」「丼物」のレポートを中心に、デパ地下や駅ナカで購入した「スイーツ」などのお持ち帰り商品も紹介しております。

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 JR徳島線・蔵本駅から徒歩圏内、徳島駅付近から車で15分弱で到着可能な、徳島県内で古くからすき焼きを模したとされる“徳島ラーメン”を提供するラーメン店、『支那そば 広東矢三本店(かんとん・やそほんてん)。
『支那そば 広東』矢三本店、店舗概観画像(2011年)
 1999年4月、『新横浜ラーメン博物館』により“20世紀最後のご当地ラーメン”というキャッチフレーズと共に、黒い色のスープに豚バラスライスの煮込み肉生卵をトッピングした“すき焼きスタイル”の「徳島ラーメン」なるモノが認定され、同時に、その『ラー博』へ徳島ラーメンの代表として『いのたに』が出店することを発表。
 世間的な評価はいざ知らず、当時の徳島県内での徳島ラーメンに対する“反発”はかなり強く、「徳島県では『ラーメン』とは呼ばない、『中華そば』だ」という“名称批判”に始まり、「生卵を入れた“すき焼きスタイル”のラーメンなど、決して徳島県における“標準的なラーメンではない」、「なぜ、よりによって『いのたに』が選ばれたのか!?」、等といった批判が噴出。

 そんな議論百出の徳島ラーメンに対する是非を今は問わぬとしても、当時から“すき焼きスタイルの元祖”と目されていたのが、今回紹介する『広東』だというのは紛れもない事実。
 今回のエントリでは、そんな『広東矢三本店で食べました“元祖・すき焼きラーメン”を紹介いたします。

支那そば肉玉入り660円

『支那そば 広東』矢三本店、支那そば肉玉入り・660円(2011年・1)  『支那そば 広東』矢三本店、支那そば肉玉入り・660円(2011年・2)

支那そば 広東矢三本店
住所:徳島県徳島市南矢三町3-4-20
電話:088-632-7925『支那そば 広東』矢三本店、営業時間案内(2011年)
営業時間:10:00~16:30
定休日:火曜・水曜
駐車場:2ヶ所・50台程度
グルメサイト情報:『食べログ』『30min.

 『広東』は昭和30年代に「屋台」で支那そばの提供を開始し、現在の「店舗形態での営業は昭和40年前後から」とのハナシ。
 支店は、同じ田宮街道(県道30号線)沿いに広東府中店こうてん:リンク先『食べログ』)が営業中。


 お店へは、徳島駅から二駅と近いJR徳島線・蔵本駅(特急列車停車駅)より徒歩15分程度で到着可能ですが、多くの人は田宮街道を経由し「」で、店まで向かうことでしょう。
『支那そば 広東』矢三本店、駐車場画像(2011年・1)  『支那そば 広東』矢三本店、駐車場画像(2011年・2)
 「駐車場」はお店の前と、道を隔てた『ドラッグストアの2ヶ所で、駐車可能台数は50台程度と広大。
 『広東』というのは、現在の「ファミレス」を先取りしたかのような“大型店舗の元祖”ともされておりまして、昭和40年前後に広い駐車場と客席を完備した店は、徳島市内でも大変に珍しかったそうです。

 お店に入ってスグの場所に、商品サンプルの展示された「レジ」が設置。
『支那そば 広東』矢三本店、店内画像(2011年・1) この店は「会計制・前払い」となっておりまして、お店に入りましたら先ず、この場所で「食券を購入」せねばなりません。
 そして、ココが“広東・第一の難関”。
 おそらくは食券購入までに
15分程度待たされる
可能性が高い。
 「スイマセ~ン・・・」と調理場に向かって声をかけるとマレに「何しましょ?」と言いながら店員の方が接客してくれることもあるでしょうが、このレジでの意味不明な放置プレイに業を煮やし帰ってしまう方が少なからずおられるのは、『広東』では日常的な光景でございますw

支那そば 広東矢三本店主要メニューと価格
『支那そば 広東』矢三本店、メニューサンプル(2011年)・ラーメン類
 支那そば
  ミニ300円/小450円/大500円
 支那そば・玉入り
  小510円/大560円
 支那そば・肉入り
  小600円/大650円
 支那そば・肉玉入り
  小660円/大710円
『支那そば 広東』矢三本店、メニュー表(2011年)
・ご飯モノ
 めし(飯)
  小130円/大180円
 やきめし 480円
・飲み物
 ビール 500円
 陶陶酒(一杯)260円

 提供メニューは「ラーメン」「ご飯もの」「ドリンクメニュー」と、非常にシンプル。
 ドリンクメニューに関しては、アルコールやソフトドリンク共に、もう数種類を販売している模様。

 店内は全席テーブルで、その数「50席以上」。
『支那そば 広東』矢三本店、店内画像(2011年・2)  『支那そば 広東』矢三本店、店内画像(2011年・3)
 席へは空いている場所に自由に座ればよく、必ずレジで購入した「食券を提示」するようにします。
 各席には胡椒・唐辛子の調味料類に、割り箸とレンゲ、そして、後片付けが終わっていればキレイな状態の水差しとコップw
 そして、ココが“広東・第二の難関”。
着席してから15分以上待たされる可能性が高い。
 『広東』の場合「1ロット15分」(一回の調理に要するラーメンの提供時間のコト)が一つの目安。
 「注文即調理」というパターンにはまる可能性は非常に少なく、往々にして30分近く待たされることも珍しくありません。
 もしも「時間がない・・・」という方は、諦めて「払い戻し」をお願いするしかないでしょう。

支那そば肉玉入り660円

『支那そば 広東』矢三本店、支那そば肉玉入り・660円(2011年・3)

 肉玉入り」というのはバラ肉増量生卵追加トッピングを意味するメニュー名。
 いわゆる“徳島ラーメン”にカテゴライズされる店では、チャーシュー代わりの「肉増し」で注文しない限り、マンゾクの行く量が提供されることは非常に少ないものです。

 「」はボソボソとした食感の、かなり柔らかめに茹でられた中細麺
『支那そば 広東』矢三本店、支那そば肉玉入り・中細麺(2011年・1)  『支那そば 広東』矢三本店、支那そば肉玉入り・中細麺(2011年・2)
 麺揚げされてもスグには提供されないためか、時間が経過すればするほど麺がスープを吸い込みズッシリと重くなるのを感じ取れます。

 徳島県におけるラーメンの多くが「柔らかめの茹で加減の麺が多い」とされるのは、実は「『広東のスタイルを真似たからとの逸話もあるほど。
 昭和40年代頃に爆発的な人気を得た広東』の“影響力”は凄まじかったようで、当時は斬新的であったラーメンのスタイル(“すき焼き風”のトッピングやスープ)に始まり、調理法提供方法(ワゴンで運ぶ)、それにお土産ラーメン(持ち帰り用の生麺とスープ・トッピング付)の販売や家族で来店できる客席数と駐車場を備えた店舗形態など、『広東』の“先見性”には目を見張るものがあります。

 「トッピング類」は、少量の刻みネギモヤシにメンマ代わりのタケノコ、そして増量しなければ存在確認すらも危うい豚バラ肉と白身を抜かない生卵
『支那そば 広東』矢三本店、支那そば肉玉入り・トッピング類(2011年・1)  『支那そば 広東』矢三本店、支那そば肉玉入り・トッピング類(2011年・2)
 今の『広東』のオペレーション(調理手順)がどうなっているのかは熟知しておりませんが、この日の豚バラ肉炒めたモノを提供しておりました。

 概して、濃厚な豚骨醤油と評される“徳島ラーメン”系列のスープですが、『広東』のソレは驚くほどスッキリとしたタイプに。
『支那そば 広東』矢三本店、支那そば肉玉入り・スープ(2011年・1)  『支那そば 広東』矢三本店、支那そば肉玉入り・スープ(2011年・2)
 かつては、豚骨や鶏ガラの旨みが強く感じられた濃度の高いスープであったように記憶しておりますが、今はそんな面影すら感じられない薄いモノに。
 明らかに豚骨の使用量を抑えて鶏ガラをベースとし、複雑極まりなかったカエシ(タレ)の味付も単純化され、一歩間違えれば、コチラで紹介した『巽屋』を髣髴させるスープへと変貌。
『支那そば 広東』矢三本店、支那そば肉玉入り・スープ(2011年・3)  『支那そば 広東』矢三本店、支那そば肉玉入り・スープ(2011年・4)
 そういえば、ここ数年でその日の『広東』の出来を知らせる“バロメーター”とも言えた、店舗内外に充満していた炊き出したスープの匂いも、今では強く感じられないようになりましたね・・・・・・。


 『新横浜ラーメン博物館』スタッフとラーメン評論家(笑)が徳島へと乗り込んで来た98~99年当時、この手の“すき焼きラーメン”の代表格としての『広東』の地位は、まだまだ揺るぎないモノだったでしょう。
 何せ、往時には
徳島市内で中華そばを食べる  『広東に車で行く
という逸話が残るほどだったそうですから。

 そんな「広東が徳島ラーメンに認定されなかった理由」を推測するなら、一つには「取材拒否」、あるいは「新横浜ラーメン博物館への出店拒否」であった可能性が高い。
 当時“すき焼きタイプ”のラーメンを提供していた『ウーハン』や『たかはし』(共に閉店)、それに『名東軒』といった老舗店舗は軒並み“取材拒否店であったとの情報がありますし、また、どの店も“家族経営”で『ラー博』に派遣できるような人員の余剰はなかったでしょう。
 それに当時の『広東』では、まだ二代目への完全継承は行われていなかったのではないでしょうか。
 そこから、「すき焼きラーメンのインパクトを重視」した当時の『ラー博』スタッフが、猛烈に『いのたにを口説き落としにかかった(殺し文句は「『徳島のためですから、ぜひとも出店してくださいっ!(ほとんど絶叫土下座)のも、容易に想像出来ましょうw

 さらに「広東が徳島ラーメンに認定されなかった理由」を推測するなら、当時の徳島県内のラーメン店の多くに当てはまるとされた「接客や衛生面」。
 90年代半ば頃から始まったとされる“ラーメンブーム”において一躍クローズアップされるようになったのが、丁寧な接客で隅々まで掃除が行き届き、内装にも趣向を凝らした店内という「女性一人でも安心して入れる店作り」というモノ。
 残念ながら、当時の徳島のラーメン業界においてこの点をクリアしていた店がどれほど存在していたのかは疑問ですしw 『広東』の場合は今でも


 上に書いた内容は「全部想像で書いたから信用しなくてイイ」という“戯言(たわごと)”でございますが(←戯言の割りには内容がリアルすぎるワケなんだがw)、結局徳島ラーメン”を代表する店として『いのたに』の『新横浜ラーメン博物館』への出店が決まりました

 そして、『いのたに』にまつわる“とある理由”も相俟って、『いのたに』及び“徳島ラーメン”への猛烈な反発が巻き起こったものです。

 そして、今なら“徳島市民”の多くの方は納得していただけるでしょう、
広東が徳島ラーメンに認定されていれば反発は少なかったハズである
、というコトも・・・・・・。

 “すき焼きラーメンの元祖”として誰もが疑わぬ存在であった『広東』は、“徳島ラーメンの座を事実上『いのたにに奪われるようなカタチとなり、今となっては、往時には店にあったとされる“”が、失われてしまったかのようです・・・・・・。

支那そば 広東矢三本店アクセスマップ


より大きな地図で 徳島のラーメンマップ を表示
地図を拡大・縮小・スクロールするなどして参照ください

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2011/10/10(月) 18:26 | | #[ 編集]
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