コチラの記事で紹介しましたように、日付変わって昨日の「3月31日」、東京は品川区大井で営業をしておりました、『阪急百貨店』(大井食品館)が、55年の歴史に幕を下ろしました。
実の所、『阪急ブレーブス』が『オリックス』へと改名された20年前頃より、この「大井町店」自体は「百貨店」から、昨今の“デパ地下”に見られるような「食料品」に特化した経営形態に移行しており、その意味から、今さら「閉店」と聞いても始めは中々ピンと来なかったのですが、やはり、「55年」という歴史は重く、幼少期からの思い出も多々あるものですから、営業の最終日である昨日、嘘をついて近くへ行く用事ができたものですから、思い切って駆けつけてしまった次第でございますw
そんな思い出深い、大井町・阪急。
その最後の“雄姿”を見届けて参りました。
実の所、『阪急ブレーブス』が『オリックス』へと改名された20年前頃より、この「大井町店」自体は「百貨店」から、昨今の“デパ地下”に見られるような「食料品」に特化した経営形態に移行しており、その意味から、今さら「閉店」と聞いても始めは中々ピンと来なかったのですが、やはり、「55年」という歴史は重く、幼少期からの思い出も多々あるものですから、営業の最終日である昨日、
そんな思い出深い、大井町・阪急。
その最後の“雄姿”を見届けて参りました。
皆、考えることは同じなのか・・・・・・。
「昭和50年代」、毎年秋になると当たり前のように行われていた「阪急ブレーブス優勝記念セール」を遥かに凌ぐ、大・大混雑振りw
イヤ、「大井町・阪急」は比較的に“イイモノ”を売っているから、日頃から混雑してはいるのだが、まさか、「これほどまでとは・・・」という混み具合。店舗内では、ロクに歩くスペースすらありません。
この時点で「店内をゆっくり見て回って、写真に収める」なんて悠長な目論見は完全崩壊w
かろうじて撮れたのが、以下の「画像」。
当時は珍しかった、「エスカレーター」と「ジュース売り場」。
ココのジュースなんて、子供の頃、来る度に飲んでたよなぁ・・・・・・。
当時は、今(昨日まで)のシューマイの『崎陽軒』の辺りに、売り場があった。
ミキサーに果物を詰め込んで、その上から牛乳を混ぜただけのモノなんだが、当時は「バナナやメロン」なんてこういったカタチでしか食べる機会なんてなかったんだよナw
最後に、思い出と共に一杯飲みたかったのだが、残念ながら、かなり早い時間帯で「売り切れ」てしまった模様・・・・・・。
大混雑する1階の売り場を離れ、「屋上」へ。
子供の頃なんて、アーケードの「ゲーム」などまだなくて、ココで色々な「乗り物」に乗ったものだよ。
それにしてもこの日、この「屋上」には“昔”を懐かしんでいるかのような「大人」の数が多かったなぁ・・・・・・。
「1階」売り場の三ヶ所では、『おもひでアルバム』と題された「写真展」が催されておりました。
この「写真展」は、合計3回に渡る増改築の様子を語っており、その3回目の増築が行われたのが、「昭和40年」。
当時の「チラシ」ってのが、またスゴくてw
左の画像でモデルをしているのが、『宝塚歌劇団』の御三方。
画像の「左」から順に、「那賀みつる」「紅園ゆりか」「条さゆり」さん。
エエ、「画像拡大」してネットで検索して名前を書き出しておきましたよw 皆様、『ベルサイユのばら』上演以前の方々でしたw
「右側の画像」が、「昭和40年頃の食堂『風車』の店内」。
「大井町・阪急」で買い物した日は必ず、この『風車』に立ち寄って家族で食事をして帰ったものだった。チョッピリ暗い照明の店内で、確か、「風車ハンバーグ」なんてのを食べていた記憶があるw
今から考えれば別に大したコトなどないんだが、「当時」なんか、ココで食事をすることが、贅沢の一つだったんだよなぁ。
もう、「あの頃」に戻ることは出来ないのか・・・・・・。
こうして・・・
2008年(平成20年)3月31日。
『阪急』大井町店は、55年に及ぶ歴史の幕を下ろしました。
私の胸に去来する、語り尽くせぬ数々の「思い出」と共に・・・・・・。
【追記】
この日、購入した“戦利品”は「せんべい3袋」(1000円)デシタw
【追記2】
上記エントリ中で紹介した『食堂 風車』とは別に、現在の大井町には『風車』を名乗る店が出来ております。
詳しくは以下のエントリを。
「大井町『風車』に関して」
「大井町『阪急』、閉店後」
⇒大井町『阪急』の閉店直後から現在(2008年8月)までの建物の様子(解体状況)と、建物解体後の「再開発計画」を。
読まれた方はバナーをクリックして下さい。
「昭和50年代」、毎年秋になると当たり前のように行われていた「阪急ブレーブス優勝記念セール」を遥かに凌ぐ、大・大混雑振りw
イヤ、「大井町・阪急」は比較的に“イイモノ”を売っているから、日頃から混雑してはいるのだが、まさか、「これほどまでとは・・・」という混み具合。店舗内では、ロクに歩くスペースすらありません。
この時点で「店内をゆっくり見て回って、写真に収める」なんて悠長な目論見は完全崩壊w
かろうじて撮れたのが、以下の「画像」。
当時は珍しかった、「エスカレーター」と「ジュース売り場」。
ココのジュースなんて、子供の頃、来る度に飲んでたよなぁ・・・・・・。
当時は、今(昨日まで)のシューマイの『崎陽軒』の辺りに、売り場があった。
ミキサーに果物を詰め込んで、その上から牛乳を混ぜただけのモノなんだが、当時は「バナナやメロン」なんてこういったカタチでしか食べる機会なんてなかったんだよナw
最後に、思い出と共に一杯飲みたかったのだが、残念ながら、かなり早い時間帯で「売り切れ」てしまった模様・・・・・・。
大混雑する1階の売り場を離れ、「屋上」へ。
子供の頃なんて、アーケードの「ゲーム」などまだなくて、ココで色々な「乗り物」に乗ったものだよ。
それにしてもこの日、この「屋上」には“昔”を懐かしんでいるかのような「大人」の数が多かったなぁ・・・・・・。
「1階」売り場の三ヶ所では、『おもひでアルバム』と題された「写真展」が催されておりました。
この「写真展」は、合計3回に渡る増改築の様子を語っており、その3回目の増築が行われたのが、「昭和40年」。
この建物が、(昨日までの)「現在」と同じ建物。
当時の「チラシ」ってのが、またスゴくてw左の画像でモデルをしているのが、『宝塚歌劇団』の御三方。
画像の「左」から順に、「那賀みつる」「紅園ゆりか」「条さゆり」さん。
エエ、「画像拡大」してネットで検索して名前を書き出しておきましたよw 皆様、『ベルサイユのばら』上演以前の方々でしたw
「右側の画像」が、「昭和40年頃の食堂『風車』の店内」。「大井町・阪急」で買い物した日は必ず、この『風車』に立ち寄って家族で食事をして帰ったものだった。チョッピリ暗い照明の店内で、確か、「風車ハンバーグ」なんてのを食べていた記憶があるw
今から考えれば別に大したコトなどないんだが、「当時」なんか、ココで食事をすることが、贅沢の一つだったんだよなぁ。
もう、「あの頃」に戻ることは出来ないのか・・・・・・。
こうして・・・
2008年(平成20年)3月31日。
『阪急』大井町店は、55年に及ぶ歴史の幕を下ろしました。
私の胸に去来する、語り尽くせぬ数々の「思い出」と共に・・・・・・。
【追記】
この日、購入した“戦利品”は「せんべい3袋」(1000円)デシタw
【追記2】
上記エントリ中で紹介した『食堂 風車』とは別に、現在の大井町には『風車』を名乗る店が出来ております。
詳しくは以下のエントリを。
「大井町『風車』に関して」
「大井町『阪急』、閉店後」
⇒大井町『阪急』の閉店直後から現在(2008年8月)までの建物の様子(解体状況)と、建物解体後の「再開発計画」を。
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この記事へのコメント
拝見させていただきました。
どうもありがとうございます。
わたしも39年お世話になりましたんで、
昨日行ってまいりました。
事前に屋上は2時間程度行って、気持ちを
整理しておいたし、図書館にて阪急の歴史
等に触れていましたので、自分の記憶を
スムーズに後世に継承w出来るようにして
おきました。
新生阪急を期待して2,3年後楽しみに
しましょうよ。同じ時期に東京駅の復旧
駅舎も完成するそうですし。
どうもありがとうございます。
わたしも39年お世話になりましたんで、
昨日行ってまいりました。
事前に屋上は2時間程度行って、気持ちを
整理しておいたし、図書館にて阪急の歴史
等に触れていましたので、自分の記憶を
スムーズに後世に継承w出来るようにして
おきました。
新生阪急を期待して2,3年後楽しみに
しましょうよ。同じ時期に東京駅の復旧
駅舎も完成するそうですし。
2008/04/01(火) 12:50 | URL | ふらっとまいりました #JyN/eAqk[ 編集]
>>「ふらっとまいりました」様。
ようこそ
やはり、皆さんの「想い」は同じようですね。
「私たち」にとって、大井町『阪急』が閉店するということは「便利なお買い物スポットがなくなる」ということだけではなく、同時に、各人の胸に秘められた「思い出さえも失ってしまう・・・」ということなのだと思います。
当初、私は「記事化」することなど全く考えていなかったのですが、“例”の『おもひでアルバム』を目にした途端、一気に過去の記憶が“氾濫”を起こしまして、「これは何とか『カタチ』として残しておかねば・・・」との思いに駆られました。
その意味で、「ふらっとまいりました」様の「自分の記憶をスムーズに後世に継承」というのは、ホントによく分かります、ハイw
>新生阪急・・・
まだまだ随分先のハナシなんですよね。
そこに『神戸屋』があるなら、私は通いますよw
ようこそ
やはり、皆さんの「想い」は同じようですね。
「私たち」にとって、大井町『阪急』が閉店するということは「便利なお買い物スポットがなくなる」ということだけではなく、同時に、各人の胸に秘められた「思い出さえも失ってしまう・・・」ということなのだと思います。
当初、私は「記事化」することなど全く考えていなかったのですが、“例”の『おもひでアルバム』を目にした途端、一気に過去の記憶が“氾濫”を起こしまして、「これは何とか『カタチ』として残しておかねば・・・」との思いに駆られました。
その意味で、「ふらっとまいりました」様の「自分の記憶をスムーズに後世に継承」というのは、ホントによく分かります、ハイw
>新生阪急・・・
まだまだ随分先のハナシなんですよね。
そこに『神戸屋』があるなら、私は通いますよw
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